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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)200号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第一五号証によれば、抜染法はあらかじめ無地に染めた後適当な抜染剤を含む元糊を印捺し、その部分に染まつている色を抜いて模様を染め出す技術であり、従来から使用されている抜染剤としては、(イ)酸化作用によつて染料を無色にする酸化性抜染剤、(ロ)還元作用によつて染料を無色にする還元性抜染剤、(ハ)苛性曹達等のアルカリ性薬品があることが認められ、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件第一発明は、右(ロ)の態様の抜染剤として(本件発明の特許出願公告公報第三欄第二〇行)燐酸第一錫又は酸性燐酸第一錫を用いた抜染糊組成物に関するものであつて(同第一欄第二六行、第二七行)、従来、抜染剤として塩化第一錫を用いた場合、抜染布の抜染部分を脆化させること、抜染布の抜染部分周辺に暈輪現象を生じること、抜染工程において強酸性の塩化水素ガスを発生して作業者の呼吸器官及び皮膚に刺戟を与えること等の問題があつた(同欄第三二行ないし第二欄第一行)との知見に基づき、抜染布を脆化させることなくして優れた抜染効果を発揮し、かつ抜染工程において有害ガスを発生しない抜染糊を提供することを技術的課題とし(同第一欄第二八行ないし第三一行)、その解決のため、「元糊中に、燐酸第一錫または酸性燐酸第一錫を混入してなる、抜染糊組成物」という構成を採用し、これにより、 抜染布を脆化させることなくして優れた抜染効果を得ることができる、 抜染糊が抜染模様周辺部に滲出することがないので、暈輪現象を起こさず、鮮明な抜染模様を得ることができる。 白色顔料としての隠蔽力を有するので、酸化チタンや亜鉛華のごとき抜染助剤を添加しなくても優れた抜染効果を発揮する、 抜染工程において強酸性ガスを発生しないので、作業者の安全衛生面においても有効である(同第四欄第二行ないし第一一行、第一六行ないし第一八行)という優れた作用効果を奏するものと認められる。

2 本件第一発明における「元糊中に、燐酸第一錫または酸性燐酸第一錫を混入してなる、抜染糊組成物」には、<1> 元糊中で燐酸第一錫又は酸性燐酸第一錫が生成する場合と、<2> あらかじめ調製された燐酸第一錫又は酸性燐酸第一錫を元糊中に混入する場合とを含むことは、当事者間に争いがない。

原告らは、構成<1>の抜染糊組成物は、本件発明の特許出願前に日本国内において公然知られ、又は公然実施をされた発明であると主張するので、まずこの点について判断する。

(一) 成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例は、「ベスロンの抜染について」という論説を内容とするものであるが、その「2 抜染について」の項に、「還元抜染は還元剤にデクロリンや、塩化第一錫が主として使用され、一般的な工程は次の通りである。」(第八〇八頁左欄第一四行ないし第一六行)と記載され、「3―2 糊剤」の項に、「一般に着色抜染用糊剤の選定条件として次の項目があげられる。塩化第一錫および種々の助剤との混和、安定性が良いこと。」(第八〇九頁右欄第三行ないし第六行)と記載され、「3―4―1 色糊の調整」の項に、「着色抜染に用いる色糊の標準レサイプは次の通りである。カチオン染料X部、酢酸(四・八%)二、(中略)塩化第一錫六、合計一〇〇部」(第八一〇頁右欄第五行ないし第一五行)と記載されていることが認められ(前掲甲第一五号証によれば、ここにいう着色抜染とは抜跡を白くする白色抜染に対し、抜跡を地と異なる色に染める抜染法であることが認められる。)、また、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、「ポリエステル繊維の抜染に際しては、とくに次のような点に留意しなければならない。1、染料の選定、2、糊剤の選定、(中略)10、色糊の安定性」(第九四頁左欄第二行ないし第八行)との記載に続き、「2、糊の選択」の項に、「糊剤としては、耐還元性のもの、例えばクリスタルガム系統(ナフカクリスタルガム、ラメクリスタルガムなど)や、ローカストビーンガム系統(インダルカガム、メイプロガム、キプロガムなど)の中から選択して使用する。」(第九七頁右欄第二〇行ないし第二三行)と記載されていることが認められる。そして、成立に争いのない甲第三一、第三二号証、及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二三号証、第二六号証によれば、三晶株式会社は昭和三八年一〇月頃からスイス国のメイホール社の製造販売に係るメイプロガムNPを引き続き輸入して日本国内において販売しているが、三晶株式会社が作成し、昭和三九年一二月二八日(同会社が本店を大阪市東区伏見町三丁目七番地から同区京橋三丁目六八番地に移転した日)以前から日本国内において顧客のために公然と配布した製品案内パンフレツトである「MEYPRO GUM」(甲第二三号証。(以下「パンフレツト『MEYPRO GUM』という。))には、「メイプロガムNPはスイスのメイプロ社が長年に渉る経験と高度の技術及び独特の化学的処理に依りLocust Beanの胚乳の部分を精製製粉し合成繊維捺染用糊料として開発した高性能の植物性ガムであり、その使用方法は簡便、価格は低廉、優れた薬品抵抗性等の点で理想的な捺染糊料であります。」(第二頁第三行ないし第六行)と記載され、さらに、使用例として、「3) アセテートの着色抜染 分散染料二〇グラム、染料溶解剤一五グラム、分散剤一五グラム、温湯三〇〇グラム、メイプロガムNP(八%)五八〇グラム、塩化第一錫七〇グラム、計一、〇〇〇グラム」(第三頁第三〇行ないし第三七行)と記載されていることが認められる。

前記認定事実によれば、本件発明の特許出願前、塩化第一錫は抜染剤として、また、メイプロガムNPは抜染用糊剤として使用されていたものであることは明らかであり、また、この塩化第一錫とメイプロガムNPとを併用する場合において、前掲パンフレツト「MEYPRO GUM」の使用例3に記載されたとおりの配合によりメイプロガムNPをその糊剤として併用することは日本国内に公然知られていたものと認められ、かつ日本国内において公然実施をされたものと推認される。

(二) ところで、元糊中において、燐酸塩、特に燐酸曹達を塩化第一錫と併用すると当然ある量の燐酸第一錫が生成されることは、当事者間に争いがない。

原告らは、メイプロガムNPには、かなりの量の燐酸曹達ないし燐酸イオンが含まれているから、塩化第一錫にメイプロガムNPを併用すると、燐酸第一錫が生成する旨主張するので、この点について検討する。

成立に争いのない甲第四三号証によれば、神戸税関輸入部長白石明作成の昭和六一年七月一六日付三晶株式会社宛書面には、「昭和六一年七月一五日付で確認の依頼がありました件について、再度調査を行つたところ、昭和四四年八月一一日に申告番号二〇四―三六一―〇一五六により輸入申告されたMeypro社製Locust Bean Gum NPについては、当関で分析を行つており、(分析番号K―四四―三〇六〇)、その結果によると、溶剤抽出法(五〇%アセトン水)により一〇・八三%の抽出物が得られており、その主成分は燐酸ソーダであつたことが判明したのでお知らせします。」と記載されていることが認められ、成立に争いのない甲第四二号証の一ないし三によれば、前記書面に記載された昭和六一年七月一五日付の確認依頼とは三晶株式会社がメイホール社製のメイプロガムNP(輸入貨物品名 ローカストビーンガムNP((製造者名メイプロNV)))の分析結果についての確認を依頼したことを指すものと認められるから、前記書面における「Meypro社製Locust Bean Gum NP」とはメイホール社製のメイプロガムNPを指すこと及びメイプロガムNP中に燐酸曹達を含有していることが明らかである。

原告らは、メイプロガムNPには、かなりの量の燐酸曹達ないし燐酸イオンを含むことは、前掲甲第六ないし第八号証からも明らかである旨主張する。

成立に争いのない甲第六号証、第四〇号証の一、二、及び第四一号証の一ないし四によれば、前掲株式会社京都科学研究所分析センター作成の計量証明書(甲第六号証)は、原告古川化学工業株式会社が昭和五五年七、八月中三晶株式会社より購入した狭義のメイプロガムNP及びメイプロガムNP25を株式会社京都科学研究所に提供し、同社分析センターにおいて吸光光度法により燐酸イオンの定量を測定した結果を記載したものであつて、同証明書には、狭義のメイプロガムNPは燐酸イオン八・八二%(試料番号NP七四二七)ないし九・五三%(試料番号NP七八五七)、メイプロガムNP25は燐酸イオン七・九一%(試料番号NP25―七二四九)ないし八・一五%(試料番号NP25―七四二六)を含んでいたことが記載されていることが認められるが、右分析に供せられた試料は、本件発明の特許出願後にわが国に輸入されたものであることは前記認定のとおりであるから、本件発明の特許出願当時メイプロガムNP中に含まれていた燐酸イオンの定量が右計量証明書記載のとおりであると認めることはできない。また、成立に争いのない甲第七、第八号証によれば、メイホール社のG・ザルツマンは、三晶株式会社関係者にあてた一九八五年八月一九日付テレツクス(甲第七号証)及び同日付書簡(甲第八号証)中で、メイプロガムNPタイプはメイホール社によつて一九六三年に製造を開始して以来、燐酸塩が配合され、その製造方法、品質、化学組成に変化がない旨述べているのみで、メイプロガムNP中の燐酸イオンの定量について何ら触れていないことが認められるから、この記載から直ちに本件発明の特許出願当時のメイプロガムNP中の燐酸イオンの定量を認定することはできない。

さらに、原告らは、メイプロガムNPはグアガムを原料とするが、輸入品の関税定率法別表(関税率表)において、従前ローカストビーンガムに分類して取り扱われ、分類番号三九・〇六が適用されていたが、この分類には疑義があるとして、昭和四四年神戸税関において同品の分析が行われた結果、約一五重量%の燐酸ナトリウムを含有することが確認されて、昭和四六年一一月二四日大蔵省関税局通達蔵関第一三五八号により関税率表解説の一部が改正され、メイプロガムNPは「Locust Bean flourに粘質性を安定させるためりん酸ナトリウム(重量割合で一五%)が添加混和された物品」として分類番号一三・〇三に分類する旨決定されるに至つた旨主張する。

成立に争いのない甲第一〇、第三七、第三八号証によれば、昭和四六年一一月二四日蔵関第一三五八号通達「関税率表の解説及び適用について<1>」により定められた分類例規においては、「4品名…防腐剤を含有するLocust Bean flour等」の項に、「(ロ) Locust Bean flourに粘着性を安定させるためりん酸ナトリウム(重量割合で一五%)が添加混和された物品」が挙げられ、右物品は「一三・〇三―九―(二)―B」に分類する旨決定すると記載されており、右商品は関税率表の分類番号一三・〇三に分類されたことが認められるが、この「Locust Bean flour」がメイプロガムNPを意味することを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、昭和四四年神戸税関が行つたメイプロガムNPの分析結果によると、溶剤抽出法(五〇%アセトン水)により一〇・八三%の抽出物が得られ、その主成分が燐酸ソーダであることが判明したとの前記認定事実に徴すると、メイプロガムNPについて神戸税関の分析結果により約一五重量%の燐酸ナトリウムを含むことが確認されて前記分類決定がなされたとする原告らの主張はその前提において誤つているというべきである。

以上の認定事実によれば、本件発明の特許出願前である昭和四四年八月一一日神戸税関において行われたメイプロガムNPの分析結果からみて、前掲パンフレツト「MEYPRO GUM」の使用例3に記載された、本件発明の特許出願当時日本国内において公然知られ、かつ公然実施をされた、抜染剤である塩化第一錫と併用されたメイプロガムNP中には、一〇・八三%を越えない量の燐酸ソーダ(前記認定事実によれば、抽出物一〇・八三%の主成分が燐酸ソーダであつたことが認められるから、メイプロガムNP中の燐酸ソーダの含有量は一〇・八三%以下であることが明らかである。)が含有されていたというべきである。

そして、前掲パンフレツト「MEYPRO GUM」の使用例3の記載に従い、メイプロガムNP(八%)五八〇gを塩化第一錫七〇g等と併用して合計一〇〇〇gの抜染糊組成物とした時に生成する燐酸第一錫の量を、前掲神戸税関の分析結果によるメイプロガムNP中の抽出物一〇・八三%のすべてが燐酸曹達であるとして、計算すると、燐酸第一錫の生成量が最も多くなる場合の算式は、(ⅰ) メイプロガムNP八重量%溶液中のメイプロガムNPの量四六・四g(580g×0.08=46.4g)、(ⅱ) 右メイプロガムNP中に含まれる燐酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)の量五・〇二五g(46.4g×0.1083=5.025g)、(ⅲ) 右燐酸ナトリウム中に含まれた燐酸イオン(PO4-3)の量三・九七八g(5.025g×<省略>=3.978g)、(ⅳ) 錫イオンのモル数〇・三〇四モル(この塩化第一錫は、原告らが主張する工業的に入手可能であつた純度九八%の塩化第一錫二水和物((Sncl22H2O分子量二二五・六一))として、70g×0.98×<省略>=36.089gこれをモル数に換算すると<省略>=0.304となる。)、(ⅴ) 前記(ⅲ)の燐酸イオンのモル数〇、〇四一八八(<省略>=0.04188)、(ⅵ) 前記(ⅳ)の錫イオンと(ⅴ)の燐酸イオンとの反応により生成する燐酸第一錫の量は、一一・四六六g(3Sn-2+2PO4-3=Sn3(PO4)2((3Sn+2NaH2PO4=Sn(PO4)2)),0.304Sn-2+0.04188PO4-3=0.021,0.021×546.02=11.466g)であるから、その量は一、〇〇〇g中の一一・四六六g、したがつて一・一四六六%にすぎないことが明らかである(ちなみに、燐酸ナトリウムの化学組成をNa2HPO4((燐酸水素二ナトリウム))とした場合の生成量は一、〇〇〇g中の九・八三g、〇・九八三%、同じく、Na3PO4(燐酸三ナトリウム)とした場合の生成量は一、〇〇〇g中の八・四六g、〇・八四六%にすぎない。なお、前掲計量証明書は本件発明の特許出願後にわが国に輸入されたメイプロガムNPを測定対象としたものであること前述のとおりであるが、右証明書の記載を参考に、燐酸イオンの含有量を九%((右証明書記載の燐酸イオンの平均含有量は、八・七八%))として、前掲パンフレツト「MEYPRO GUM」の使用例3に従つて、生成する燐酸第一錫の最大値を計算しても、一、〇〇〇g中の一二・〇一二g、したがつて一・二〇一二%であつて、前記計算結果一・一四六六%とは〇・〇五四六%の差があるにすぎない。)。

(三) ところで、前掲甲第二号証によれば、本件第一発明の特許請求の範囲には、「元糊中に、燐酸第一錫または酸性燐酸第一錫を混入してなる、抜染糊組成物」と記載され、使用される燐酸第一錫又は酸性燐酸第一錫の量についての数値の限定は存しないことが認められるが、本件第一発明は、前記1認定のとおり、塩化第一錫を抜染剤として使用した場合における従来技術の欠点を除去して、抜染布を脆化させることがなく優れた抜染効果を得ること、抜染模様周辺部に滲出することがないので、暈輪現象を起こさず、鮮明な抜染模様を得ることができる等の作用効果を奏するものであるから、本件第一発明の抜染剤には当然これらの作用効果を奏することができるだけの有効量の燐酸第一錫又は酸性燐酸第一錫を含有させることを必要とするものというべきところ、前掲甲第二号証によれば本件発明の特許公報の発明の詳細な説明中には、「本発明の抜染糊は、前述の抜染剤たる燐酸第一錫または酸性燐酸第一錫を、元糊中に添加・混合するのであるが、元糊としては、澱粉類(中略)等の如き、錫塩により凝固しない糊剤の水溶液は勿論のこと、アルギン酸ソーダ、CMC水溶液の如く塩化第一錫にて凝固する糊剤の水溶液に対しても、全く異状なく使用されるため、任意に糊剤を選択できる利点がある。なお、該抜染剤の含有量は、抜染糊の重量に対して二~一〇重量%が適当である。」(第三欄第一行ないし第一一行)と記載されていることが認められるから、本件第一発明において、燐酸第一錫又は酸性燐酸第一錫の有効量は、抜染糊組成物中最小限二重量%であつて、この量以下では本件第一発明の前記作用効果を奏し得ないものというべきである。

したがつて、本件発明の特許出願当時日本国内において公然知られ、かつ公然実施をされた、抜染剤である塩化第一錫に糊剤としてメイプロガムNPを併用した組成物中において、前記(二)認定の一.一四六七重量%の燐酸第一錫が生成しても、その生成量は本件第一発明における燐酸第一錫の有効量の最小限の半量程度にすぎず、本件第一発明の前記作用効果を奏し得ないことが明らかである。このことは、本件発明の特許出願後においても、当業者にはメイプロガムNPを塩化第一錫に併用しても、本件第一発明におけるような前記作用効果を奏し得ないものと認識されていることからも裏付けられる。

すなわち、成立に争いのない乙第五号証によれば、昭和五六年特許出願公開第二〇六八九号公報に記載された発明は塩化第一錫を還元剤として利用する防染・抜染法の改良に関するものであるが、その実施例2には、C. I. Disperse Blue 一〇二 〇・三%(布帛重量当たりの%…以下同様)、C. I. Disperse Yellow 四 一・五%の配合色で黄緑色に地染めしたアセテート朱子織物を五%燐酸一水素アンモニウム水溶液にパツドし、絞液した後乾燥し、次いでこの処理布に一〇%メイプロガムNP水溶液に塩化第一錫六部及びC. I. Disperse Red 五五 一部を混合せしめて得られた着色抜染糊をスクリーン捺染法で水玉模様に印捺した後乾燥し、蒸熱処理、水洗、ソーピング、湯洗、乾燥して得られた抜染加工布は黄緑色の地に型際が優れた鮮明なピンク色をした水玉模様のあるアセテート朱子織物製品であつたのに対し、比較のため右燐酸一水素アンモニウム未処理の黄緑色地染布に対し同様の操作を繰返したところ、ピンク色の水玉模様の周囲に白い輪郭を描くハレーシヨン現象の認められる製品が得られたこと(第一三欄第二行ないし第一四欄第七行)、実施例3として、C. I. Disperse Orange 三一 二%、アルギン酸ソーダ〇・四%、燐酸二水素アンモニウム三%、及び塩素酸ソーダ〇・一%を含んで成る染料水溶液にテトロンアムンゼンをパツテイングし、絞つたのち乾燥し、この処理布に一〇%メイプロガム水溶液九四部及び塩化第一錫六部から成る捺染糊を細かな花柄に印捺し、乾燥、高圧蒸熱処理、湯洗、還元洗浄、乾燥を行なつた結果得られたパツド抜染加工布は褐色地に型際の尖鋭な白度の良好な花柄模様のあるものであつたのに対し、比較のために右燐酸二水素アンモニウムを添加しない染料水溶液を用いる以外は同様の操作を繰返したところ、著しいハレーシヨンが起こり花柄部分が不鮮明になるとともに黄変して実用性に劣るパツド抜染加工製品が得られたこと(第一四欄第八行ないし第一五欄第一〇行)が記載されていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第八ないし第一一号証によれば、昭和五三年特許出願公告第一八七七号公報には、ポリエステル系繊維製品に対し、抜染剤である塩化第一錫とメイプロガムNPを併用した抜染糊組成物を用いたところ、明度に劣り、ハレーシヨン及び褐変が生じたこと(第四欄第三三行ないし第五欄第一四行)、昭和五九年特許出願公告第一七二三二号公報には、ポリエステルポンジー織物に対し、抜染剤である塩化第一錫とメイプロガムNPを併用した抜染糊組成物を用いたところ、捺染部の色相鮮明性、模様輪郭の尖鋭性がやや不良であつたこと(第四欄第一五行ないし第五、第六欄第一四行)、昭和五五年特許出願公開第五七〇八三号公報には、ポリエステルフイラメント織物に対し、抜染剤である塩化第一錫とメイプロガムNPを併用した抜染糊組成物を用いたところ、ハレーシヨンが発生したこと(第一四欄第八行ないし第一五欄第一四行)、昭和五五年特許出願公開第一〇三三八二号公報には、ポリエステル布に対し、抜染剤である塩化第一錫とメイプロガムNPを併用した抜染糊組成物を用いたところ、水玉模様の絵際にハレーシヨン現象が見られ非常に不鮮明であつたこと(第七欄第六行ないし第八欄第八行)が記載されていることが認められ、また、以上の各公報記載の発明は、それぞれ発明者を異にしていることが認められる。

この点に関し、原告らは、これらの特許公報は、糊剤としてメイプロガムNPを使用するものと燐酸塩を含まない他の糊剤を使用するものとの比較について記載していないから、メイプロガムNP中に塩化第一錫との化合により有効量の燐酸第一錫を生成させるだけの燐酸塩又は燐酸イオンが存在しないことを結論付けることはできない旨主張するが、前掲乙第五号証、第八号証ないし第一一号証の前記記載事項によれば、当業者は抜染剤である塩化第一錫とメイプロガムNPを併用した抜染糊組成物を用いてもハレーシヨン現象を生じ鮮明な抜染模様を得ることができないという共通の認識に立つて抜染糊組成物の改良を試み、特許出願していることが明らかであつて、原告ら主張の事実は何ら右認定の妨げとなるものではない。

また、成立に争いのない甲第三六号証によれば、原告古川化学工業株式会社技術部主任研究員増田健太郎作成昭和六一年三月一〇日付実験報告書には、前掲乙第五号証に示される実施例1ないし3とその比較例の追跡実験をした結果、燐酸塩処理をしない比較例のものも、メイプロガムNPに含まれる燐酸塩によつてハレーシヨン防止効果を奏することが明らかとなつた旨記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第三三号証によれば、同人作成の昭和六〇年八月二〇日付実験報告書には、供試布としてポリエステル一〇〇%アムンゼンを使用し、抜染実験を行つた結果、一〇%メイプロガムNP及び塩化第一錫併用の抜染糊組成物を用いた白色抜染、着色抜染共にハレーシヨン防止効果が得られた旨記載されていることが認められる。

しかしながら、これらの実験報告書に記載されたメイプロガムNP中の燐酸ナトリウムの含有量は不明であり、その実験結果は前記認定の当業者の共通の認識と全く相反するものであつて、このような原告会社研究員作成の実験報告書に基づいて抜染剤である塩化第一錫に糊剤としてのメイプロガムNPを併用すると有効量の燐酸第一錫が生成してハレーシヨン防止効果を奏するとは到底認めることができない。

(四) 以上のとおりであつて、本件発明の特許出願前日本国内において公然知られ、公然実施をされた、抜染剤である塩化第一錫に糊剤としてのメイプロガムNPを併用した組成物は、有効量の燐酸第一塩を生成することができないから、本件第一発明の構成<1>の抜染糊組成物に該当せず、したがつて右構成<1>の抜染糊組成物が本件発明の特許出願前日本国内において公然知られ、公然実施をされたということはできない。

したがつて、本件第一発明と第一引用例又は第二引用例記載の事項とは同一であるとは認められないとした審決の判断には誤りがない。

3(一) 原告らは、本件第一発明の構成<2>の抜染糊組成物は、第三引用例の記載又は第四引用例の記載及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものである旨主張するのに対し、被告は、原告らは審判手続において構成<2>の抜染糊組成物について、当業者が容易に想到し得たものであることを主張していないから、本訴において右主張をすることは許されない旨主張するので、まずこの点について検討する。

成立に争いのない甲第二〇号証、第二一号証、及び乙第一号証によれば、原告らは、本件第一発明を構成<1>又は<2>のいずれかに限定することなく、昭和五五年九月一三日付審判請求書(第七頁第二行ないし第八頁第一九行)において、本件第一発明は第四引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張し、また、昭和五六年五月二二日付審判事件弁駁書(第五頁第一七行ないし第六頁第一七行)及び同年一一月二〇日付審判事件弁駁書(第二)(第六頁第九行ないし第一九行)において、本件第一発明は第三引用例又は第四引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張したことが認められるから、原告らは、審判手続において、本件第一発明の抜染糊組成物について、第三引用例又は第四引用例記載のものに基づいて当業者が容易に想到し得たものと主張していたことは明らかであつて、本訴において本件第一発明の抜染糊組成物は構成<1>及び<2>の抜染糊組成物を含む(このことは当事者間に争いがない。)との前提のもとに、右構成<2>の抜染糊組成物は第三引用例記載のもの又は第四引用例記載のもの及び周知技術に基づいて容易に想到し得たと主張することは何ら妨げないというべきである(もつとも、成立に争いのない甲第一号証によれば、審決は、第四引用例については、請求人((原告ら))の主張として、本件第一発明は第四引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと摘示し((第三丁表第一一行ないし末行))、右主張に対する判断を示している((第五丁表第一行ないし第七行))が、第三引用例については、請求人((原告ら))の主張として、第三引用例記載のものは本件第一発明の構成<1>の抜染糊組成物と同一であると摘示し((第三丁表第三行ないし第一〇行))、右主張に対する判断を示している((第四丁裏第一二行ないし第一七行))ことが認められる。しかしながら、前掲甲第一号証によれば、審決は第三引用例記載のものが本件第一発明の構成<1>の抜染糊組成物と同一でない理由として、第三引用例に記載された捺染用組成物と本件第一発明の抜染用組成物とを同一視することができないことを挙げていることが認められるから、第三引用例の記載に基づく容易推考についても同一の理由から容易といえないとした趣旨を看取することができる。)。

(二) そこで、本件第一発明の構成<2>の抜染糊組成物が当業者において第三引用例の記載に基づいて容易に想到し得たかについて判断すると、成立に争いのない甲第一四号証によれば、第三引用例には、「機捺型捺向捺染法」として、「エオシン、フロクシン、アシド・ローダミン及びローダミン系染料の捺染色糊は、甲 染料二〇、グリエシンA四〇、熱湯一二〇、アラビヤ・ゴム糊(一:一)七〇〇を混調、煮沸してよき糊とする。乙 第一塩化錫二〇及燐酸曹達四〇を水六〇に溶解する。次に甲乙を混合して計一瓩とする。前記乙の併用は特にエオシン属染料の捺染に於て均斉染着の効果がある。而して燐酸曹達の代りに醋酸曹達を用いるもよい。」(第一三八頁第一六行ないし第一九行)と記載されていることが認められるが、右に記載されたエオシン、フロクシン、アシド・ローダミン及びローダミン系染料は抜染されることのない非還元性染料であることは技術常識であり、また、第三引用例記載のものにおいては、第一塩化錫及び燐酸曹達は均斉染着の効果を得ることを目的として前記各染料に併用されるものであつて、抜染効果を目的として併用されるものでないことは、第三引用例の記載自体から明らかである。そして、前掲甲第一四号証によれば、第三引用例には、塩化第一錫と燐酸曹達とが抜染剤として使用できることについての記載も示唆も存しないことが認められる。

これに対し、成立に争いのない甲第三四号証によれば、原告株式会社大力研究員清水清秀作成の昭和六〇年三月二〇日付実験報告書には、第三引用例の前記記載事項に従つてアラビアガム七〇%、九四%塩化第一錫二%(各重量%)及びアラビアガム七〇%、九四%塩化第一錫二%、第一燐酸曹達四%(各重量%)の各組成の防染糊組成物を作成し、ウール及びポリエステルを用いて白防染及び着色防染の実験を行つた結果顕著な抜染機能を示すことが認められた旨記載されていることが認められるが、着色防染の場合に非還元性染料を用いてこのような効果を奏するということの信憑性に疑問があるだけでなく、仮にこの実験結果が正しいとしても、第三引用例には塩化第一錫と燐酸曹達とが抜染剤として使用できることの記載も示唆もないことは前述のとおりであり、また、第三引用例記載のものがこのような抜染機能を示すことが本件発明の特許出願当時当業者に知られていたことを認めるに足りる証拠も存しないから、この実験結果を理由に当業者が第三引用例記載のものから構成<2>の抜染糊組成物を想到し得たということはできない。

したがつて、塩化第一錫と燐酸曹達との反応の結果として当然に燐酸第一錫が生成するとしても、当業者において、均斉染着効果を得るために非還元性染料を塩化第一錫及び燐酸曹達と併用するとの第三引用例の記載に基づいて、前記1認定の本件第一発明の技術的課題を解決するために構成<2>の抜染糊組成物を想到することが容易であつたということはできない。

(三) 次に、本件第一発明の構成<2>の抜染糊組成物が当業者において第四引用例の記載及び周知技術に基づいて容易に想到し得たかについて判断すると、前掲甲第一五号証によれば、第四引用例には、「第二章 直接染料の抜染法」の「第一節 水綿抜染法」に、(A)「第六三 一、型紙抜染用 第一法 第一錫塩を用ふる法 塩化第一錫五五匁と醋酸曹達五五匁(中略)計千匁」(第一五八頁第一行ないし第八行)、(B)「二、機械抜染用 第一法 第一錫塩を用ふる法(中略)第三例 長蒸に適す (中略)醋酸錫(三二度TW)五八〇瓦 醋酸(九度TW)一二〇瓦(中略)計千瓦」(第一六〇頁第一四行ないし第一六二頁末行)と記載され、さらに「第三章 酸性染料の抜染法」の「第一節 絹及び毛の抜染法」に(C)「二、機械抜染用 第一法 第一錫塩を用ふる法 第一例 白色抜染用 毛用(中略)塩化第一錫二五〇 醋酸曹達一二五(中略)計一〇〇〇(中略)備考 一般に毛は絹よりも錫の還元作用に抵抗する力強きが故に、分量を多く用ふべく、長蒸しを要する場合には、醋酸錫を以て塩化第一錫に代ふべし」。(第一七三頁第七行ないし第一七四頁第八行)と記載されていることが認められ、右記載事項からみて、第四引用例には塩化第一錫に醋酸曹達を配合した抜染糊(A)、(C)及び醋酸錫を配合した抜染糊(B)が開示されていること、及び抜染糊(C)において醋酸錫をもつて塩化第一錫に代え得ることが開示されているものと認められる。

原告らは、第一錫塩を抜染剤として使用することは周知であり、染色業界においては酢酸(醋酸)と燐酸が同等視され、また、塩化第一錫と併用する場合において、燐酸曹達と酢酸曹達が互換使用可能であり、さらに、塩化第一錫と燐酸第一錫が互換的に使用し得ることは周知であるから、当業者は第四引用例の記載事項に基づき第四引用例に記載された醋酸錫又は塩化第一錫を燐酸第一錫に置換して構成<2>の抜染糊組成物を得ることは容易に想到し得た旨主張する。

前掲甲第一五号証によれば、第四引用例には、「一般に使用せらるる抜染剤としては(中略)還元作用によつて染料を無色ならしむる還元用抜染剤 即(中略)塩化第一錫、水酸化第一錫、フエロ・シヤン化錫、醋酸錫、硫青化錫等の第一錫化合物」(第一五五頁第一二行ないし第一五六頁第六行)と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第二五号証によれば、英国特許第三七六、三三四号明細書には、「温和な抜染作用を発揮する抜染剤としては、特に、第一錫塩、例えば、塩化第一錫、クロル酢酸第一錫、酢酸第一錫、チオシアン酸第一錫、またはその他の第一錫塩及び複塩類(いずれも酸性でもアルカリ性でもよい)が挙げられる。」(第六頁第二八行ないし第三五行)と記載されていることが認められるから、本件発明の特許出願当時、第一錫塩を抜染剤として使用することは周知であつたというべきであり、また、第三引用例には、燐酸曹達の代りに醋酸曹達を用いるもよいと記載されていることは、前記(二)認定のとおりである。

しかしながら、染色業界において酢酸と燐酸が同等視されることが周知であつたとの原告ら主張の点は、原告らの援用する成立に争いのない甲第五号証によれば、昭和四八年特許出願公告第二八九八九号公報には、特定の縮合燐酸塩による繊維の染色液のPH調整という特定の用途に燐酸、酢酸等が使用し得ることが開示されているにすぎないことが認められ、これによつて原告ら主張の事実が周知であると認めることはできず、ほかに右事実が周知であることを認めるに足りる証拠はない。また、仮に酢酸と燐酸が同等視されることが周知であつたとしても、酢酸と酢酸錫あるいは燐酸と燐酸錫はそれぞれ別異の化合物であるから、そのことから直ちに酢酸錫に代えて燐酸第一錫又は酸性燐酸第一錫を抜染剤として使用することが当業者にとつて容易に想到し得たこととはいえない。

さらに、染色業界において塩化第一錫と燐酸第一錫とが互換的に使用され得ることが周知であつたとの原告ら主張の点は、原告らの援用する成立に争いのない甲第一六号証によれば、前掲「エンサイクロペデイア ブリタニカ」第二二巻には、「silk is treated with stannous chloride or phosphate」(第七頁第四二行)と記載されていることが認められるが、「phosphate」は「燐酸塩」を意味するものと解されるから、右の記載は「絹の場合には、塩化第一錫又は燐酸塩で処理される」ことを意味するにとどまり、この記載をもつて、塩化第一錫と燐酸第一錫とが互換的に使用され得ることを開示しているものということはできず、ほかに右事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、第一錫塩を抜染剤として使用することが周知であり、また、塩化第一錫と併用する場合において燐酸曹達と酢酸曹達とが互換使用可能であつても、当業者が第四引用例の記載事項に基づき前記1認定の本件第一発明の技術的課題を解決するために第四引用例に記載された醋酸錫又は塩化第一錫を燐酸第一錫に置換して構成<2>の抜染糊組成物を想到することが容易であつたということはできない。

(四) 以上のとおりであつて、本件第一発明の構成<2>の抜染糊組成物は、第三引用例の記載又は第四引用例の記載及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、これと結論を同じくする審決の判断に誤りはないというべきである。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註〕 本件発明の要旨は左のとおりである。

1 元糊中に、燐酸第一錫または酸性燐酸第一錫を混入してなる、抜染糊組成物(以下「本件第一発明」という。)

2 酸、酸発生剤、アルカリまたはアルカリ発生剤を添加した元糊中に、燐酸第一錫または酸性燐酸第一錫を混入してなる、抜染糊組成物(以下「本件第二発明」という。)